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89年式までの車両とほとんど違いはありませんが、 形式が変化し、また前方向幕まわりが黒塗りとなり、 イメージが異なっています。 黒塗りとなったことで、やや強そうな顔つきになったの ではないでしょうか。柳橋住民の私には、あまり馴染みの ない車両でした。 社番からも分かるとおり、これらの車両は2回に分けて 導入されています。 まず、177までの7台が6月に導入され、171〜174 の4台はバックカメラを装備し西部へ配属され、 大野線に投入されています。 |
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175〜177の3台は東部へ配属され、 当初は花里線などの看板路線で活躍していました。 11月には、202と203が西部営業所に導入され、 この2台も大野線に投入されました。これで、61, 63系統はこれまでモノコック車両ばかりだったのが、 一気に車両の若返りがなされました。 99年、172と203が南部へと移籍しました。 既にこの頃より、営業所ごとにメーカーを統一すると いったことはなくなってきており、こうした移籍も しばしば行われていましたが、それでもやはり日野の 旧型(既にハイグレード車に対して見劣りすることから 旧型と言われていました)が30系統に登場したりする のは異様な光景でした。 |
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しかし、この南部時代も長くは続かず、01年には 野々市の加賀白山バスへと2台とも移籍しています。 南部では古参だったのに、野々市では「新しい車両」 としてさまざまな路線で活躍しました。そして、172は とうとう廃車となりましたが、08年5月時点で203が まだ現役で頑張っています。(下段の画像参照) 西部の車両たちは、05〜06年の大野線への集中新車投入 によって一気に淘汰されてしまい、廃車となるものもあれば、 金中バスで最後の活躍をするものもありました。 中でも、175は晩年に古巣の東部へと戻り、予備車として 活躍していました(上段の画像参照)。 また、177は 柳橋最後の幕式車両として記念すべき1台と なりました。 |
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| 社 番 | 所属営業所の変遷 | 備 考 |
| 20−171 | 06年2月まで西部・金中委託。
→東部へ。スクール運用に。その後、廃車。 |
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| 20−172 |
99年3月西部→南部 01年3月→野々市
08年3月、廃車。 | |
| 20−173 |
西部営業所に導入、末期は金中委託。
06年3月、廃車。 | |
| 20−174 |
西部営業所に導入、末期は金中委託。
廃車。 | |
| 20−175 |
東部営業所に導入、その後西部へ。 06年2月西部・金中委託 →東部へ。スクール、競馬運用に。 06年秋〜冬廃車。 |
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| 20−176 |
01年3月東部→柳橋
07年1月、廃車。 |
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| 20−177 |
01年3月東部→柳橋
07年3月、廃車。 |
柳橋最後の幕式車両。 |
| 20−202 |
西部営業所に導入、のちに金中委託。
→07年3月、金中。 07年12月、廃車。 | |
| 20−203 |
99年3月西部→南部 01年3月→野々市
08年5月現在、予備車として生存。 |