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元.東武バス
03年に東武バスから七尾バスへ一台が移籍しました。 七尾2104で、この社番から判断すると91年式のよう ですね。 独特の後扉が特徴です。また、黒塗りされていて目立ち ませんが、窓の形状も北鉄オリジナルとはかなり異なり ます。 現在は主に高浜線での活躍がメインのようです。 車内もかなり違和感たっぷりで、関東らしさが残って います。とにかく、京阪中古なども含めて最近はこの 形式がかなり増えてきていますね。 |
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元.小田急バス
95年ごろ、小田急バスからエアロスターが3台移籍 してきました。2台(678,680)は加賀温泉へ、 一台(741)は七尾へ配属されました。3台とも既に 見かけなくなって久しいので、どうやら廃車になって いるようです。 2段サッシなのですが、黒塗りになっているので それほど違和感はありませんね。 |
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元.福井鉄道バス
あまり知られていませんが、 モノコック中古車も導入されたことがあります。 福井鉄道からの移籍車で、社番は不明です。 おそらく登録ナンバーの614,615で呼んでいた のではないでしょうか。 94年ごろに能登中央バスにブルドッグが2台が導入 されました。北鉄オリジナルのモノコック車とはかな り異なり、メトロ窓を採用しています。 |
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また、「三菱FUSO」のエンブレムが前面に取り付け られているほか、種別幕がないのも特徴です。 そのため、前面の印象がかなり異なっています。 なお、能登中央バス初の冷房車だったそうです。 左の画像は北鉄カラーに塗りなおされる前のものです。 幕は見難いですが、「福井駅=小松空港」となっています。 |
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元.京阪宇治交通
96年ごろ、能登西部バスに京阪宇治交通からエアロスター が移籍してきました。社番はなく、登録ナンバーの751 で呼ばれていたものと思われます。 移籍にさいし、前方向幕が改造されて北鉄仕様になって いますが、前後扉の大型エアロスターはこの一台のみ となっており、異彩を放っていました。 04年ごろまでは現役で活躍していましたが、 近年の中古車ラッシュで姿を消しています。87年式とい うことを考えれば寿命だったということでしょう。 |
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元.神鉄運輸サービス
今では伝説となった車両です。 見た目のインパクトももちろんのこと、車内や乗り心地も 特殊なものでした。神鉄運輸サービスの前は茨城オートに 在籍していた車両たちです。 84年式の199号車(当初は197号車。70−197と 社番がかぶるためか後に199に改番)が鶴来に、 86年式の218号車は能登中央に導入されました。 なお、199は加賀白山バス初の自社購入車両でした。 おでこの方向幕も特徴ですが、車内には前後ドアともに ドアブザーが取り付けられていました。また、運賃表は 懐かしい幕式でした。 |
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元.自家用
1999年に自家用中古の小型バスが導入されました。 能登西部バスの富来営業所に在籍していました。 能西時代はおもに巌門支線での運用がメインでした。 当初は、下段の画像のようにメーカーのカタログ カラーのまま使用されていましたが、05年3月の のと鉄道能登線の廃止に伴う路線再編で、能登中央 バスに移籍し、このころまでには北鉄カラーに 塗りなおされていました。 現在でも太田原線、鵜川線で活躍しています。 |
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※前歴不明
分社化後はこのような小型マイクロバスが各地に 数多く導入されており、このように前歴の分から ない車両も多くいます。 この065号車は能登西部バスに在籍し、 各地で活躍しました。私の記憶が正しければ、 一時期は高松線での運用もあったと思います。 確か幕はなく、プラ板で「津幡=高松」と書かれ ていました。 …と、書き終えて気づいたのですが、もりさけてんさん のサイトの「高松線」のページに065の画像がありました。 そちらもご覧ください。 |
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元.岡山電気鉄道
96年ごろ、岡山電気鉄道から加賀温泉バスに770が、 能登中央バスに774が移籍してきました。 北鉄オリジナルとはかなり異なり、銀色バンパーや中引戸、 後幕装備(この車両は86年式。当時北鉄にはまだ後幕なし) となっております。 しかし、両備グループからの移籍車両とは、今となっては あまり想像できませんが… 2台とも前面、側面の方向幕改造を受け、前面は廃車発生品 の小型のものになりましたが、770は後に画像のように 大型方向幕となっています。 |
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元.遠州鉄道
何かと北陸鉄道と似ている(車両も路線も沿線都市規模も) 遠州鉄道からの中古車も存在しています。 94年ごろ、七尾657が導入されています。88年式で、 丸型観光マスクボディですが、方向幕も取り付けられ、路線 での運用となっています。 方向幕はどうやら当初はフロントマスク下についていた ようですが(バスジャパンニューハンドブックスより)、 いつのまにか上部に付け替えられています。 05年3月、のと鉄道代替バスの車両不足を補うためか 奥能登観光開発に移籍しました。現存しているかは不明です。 |
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元.かつらぎ観光開発
95年ごろ、能登中央バスに移籍してきた車両(能中739)です。 この時期、加温や七尾、能西でも中古車が導入されており、 第一次中古車ラッシュと言えそうです。 北鉄はこの車両と同じ形式を所有していますが、 路線タイプと観光タイプの顔ではとても同じ車両には 見えません。 ところで、どなたかかつらぎ観光開発をご存知でしょうか。 |
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元.マルヤス工業
同じ頃、 七尾バスにも同形式の七尾744が導入されています。 こちらは日野のエンブレム付きです。 ところで、どなたかマルヤス工業をご存知でしょうか。 |
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元.アトックス敦賀事務所
こちらもやはり観光タイプで、七尾バス801です。 日野ではなく三菱です。 原子力代行敦賀事務所→アトックス敦賀事務所→ →七尾バスという経歴の持ち主です。 ところで、どなたか…(略) |
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前歴不明
06年秋、能登中央バスに30−694,695の2台が 導入されました。 新車っぽく見えますが、シート色は緑色、年式も2000年式 と思われることから、おそらく中古車です。 観光タイプの顔ですが、やはり路線での運用で、主にのと鉄道 代替路線での運用のようです。 しかし、いったいどこから来たのでしょうか。 |
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前歴不明
見ての通り、北陸学院小学校専用のスクールバスのようです。 金中バスで、33−006とありますから、93年式でしょうか。 05年ごろから夕方の平和町に出没するようになり、 この通りの塗色のため、一般路線バスと勘違いし、乗ろうと する二水生、金附生も見かけられました。 前後ドア、しかも引戸という異色のエアロスターですが、06年 冬頃には13−027に社番変更されています。これは… 貸切社番なのでしょうか。 なぜ貸切なのに路線カラーなのでしょうか。。。 不思議な車両です。 |