中古車図鑑 2


第2弾では、
都営バス・西日本JRバス・空港グランドサービス
の中古車を紹介していきます。




▼エアロスターK。違和感があります。(能 中 143)
 画像:もりさけてん さんご提供。
  元.都営バス 

能登地区には都営バス中古も導入されています。
都営バスはわりと年月がたたないうちに廃車されます
ので、地方の事業者では人気が高い中古車です。

まず初めに01年冬に能登中央バスに一台が導入されました。
これら中古に共通して言えることは、登録番号がそのまま社番
となっていることです。昨年から再び統一社番に戻りましたが、
このように会社ごとに社番がバラバラになっていったのはこの
頃からでした。

エアロスターKなので、Mに見慣れてしまった私は違和感を
感じます。後姿は全く異なっていますね。
また、横方向幕が前扉の後ろに付いています。これはもちろん
都営バスが前乗りだったための名残です。


▲門前にて。 画像:H−199さんご提供。            ▲後姿も北鉄オリジナルとは異なります。


▼短尺ですが、こちらは違和感が少ないですね。(能 西 170)


02年になって、143と同じ形式が能登西部にも
導入されました。これが能登西部172で、主に
羽七東線に入っていましたが、
最近は名鉄中古のほうが目立ってきています。
おそらくまだ現役だと思いますが、詳細をご存知の方は
ご一報ください。なお、143のほうは06年夏に廃車と
なっています。

172と同じ時期に、エアロスターMの車両も同じく
能登西部に導入されています(能 西 170)。横方向幕
の位置を除けば、ほぼオリジナル車と見分けがつきにくく
なっています。ただ、後姿は名鉄中古と同じく路線バス
タイプの窓を使用していますので、若干異なります。



▼こちらは日野。グライドスライドドアが特徴。(能 西 178)


同じく02年には日野車も導入されています。
能登西部178、179で2台とも06年から07年
にかけて廃車となっています。

やはりこの車両も前扉後に横方向幕が装備されています。
さらに、この2台のみグライドスライド式ドアを前扉に
採用しています。おそらく都市新バス仕様なのでしょう。

都営中古は、一時期は能登西部でまとまった数が見られ
ましたが、現在は壊滅状態です。どうしても中古車は
寿命が短くなってしまうことは仕方ないことですね。。。




▼違和感ありまくりです。(奥能登 159)
  元.西日本JRバス 

02年4月、奥能登からJRバスが撤退したため、
代替事業者である奥能登観光開発(奥能登バス)が
車両を譲り受けました。
ところが、なぜか受け取った車両は奥能登を走ってい
たJRバスではなく、他の地区からのJRバスでした。
奥能登を走っていた車両は半数は金沢地区転属か廃車
となっています。

この奥能登159も、もともとは小浜を走っていた
車両です。しかし、JRバスとは思えない雰囲気を
出しており、どうも正体は元大阪市営のようです。
大阪市営からJRへと渡ったものと思われます。
06年夏にはまだ健在でしたが、89年式なので安否が
気になります。


▼「小なまず」。北鉄唯一のいすゞ形式でした。(奥能登 161)             ▼JR時代はこんな感じでした。



▼「小なまず」の車内です。(奥能登 160)


「小なまず」も02年当初は10台(※確認済みのものの
み。奥能登6台、能中4台だったと思います。)存在してい
ましたが、現在では見ることはなくなりました。おそら
くほぼ壊滅状態だと思われます。
なお、160,161は02年までは小浜にいた車両です。
北鉄に移籍してきた当初は画像右のようにJRカラー
のままで走っていました。

北鉄でいすゞ車というのは80年台はじめ頃に絶滅して
しまっていたため、じつに約20年ぶりのいすゞ車でした。
また、北村ボディの架装は最初で最後(?)です。
北鉄の「なまず」顔も今となっては貴重なものでした。



▼2段サッシが中古車の証です。(能 中 158)


日野車も存在していました。
能登中央158は、小浜から移籍した車両で、
当初はしばしばHRノンステップとともに輪島〜和倉
温泉の特急に使用されており、話題になっていました。

同じ形式の奥能登162は敦賀からの移籍車です。
大型車両なので、幹線系統での活躍が多かったように
思います。

158はご覧のとおり、06年秋に廃車となっています。
162のほうは分かりません。情報をお持ちの方は
ご一報願います。




▼小型方向幕。。。
  元.空港グランドサービス 

96年に空港グランドサービスから3台が導入されました。
いずれもふそう中型で、年式は91年式とかなり新しい
ものになっています。何らかの事情があって移籍してき
たのではないでしょうか。。。

787、788が能登西部に導入されました。こちらは
廃車部品を使用したのか小型方向幕(と私は言っていますが
分類上の正式名称は標準方向幕です)となっています。
07年に2台とも奥能登観光へ移籍しました。

どうも横方向幕は新設のようで、この2台は戸袋前と
なっています。また、2段サッシなので北鉄オリジナル
とは異なりますが、ブロンズ色なのでそれほど目立って
違和感はありません。



▼後姿も中古車であることを示しています。
   画像:もりさけてん さんご提供。


815は七尾バスに導入されました。こちらは横方向幕の
位置が異なっています。車内には懐かしの回転式広告板が
あり、ブザーを押すと運転席後ろの広告板が回転して
「つぎ止まります」と表示していました。おそらく
北鉄最後のアナログ回転板「つぎ止まります」だったと
思われます。

さきの2台とは異なり、なぜかこちらだけは全体ブロンズ
色ではありません。同じ91年式なのですが…

七尾へ行けばよく見ることができました。脇、水上、大野木
や崎山がメインの運用でしたが、たまに後畠や羽七東にも
入っていたのを見たことがあります。


▼ブザーを押すと回転式広告板が「つぎ止まります」と表示します。         ▼後姿は787・788と同じです。




▼奥能登に移籍して412→667に。(05年夏撮影)
  元.成田空港交通 
93年から96年にかけて合計5台が導入されました。
形式はいずれも86年式P−MP618Mで、北鉄オリジナルには
存在しない形式です。「AUTODOOR」と前扉に書かれている
のが元空港バスっぽい雰囲気を残しています。
412、413は西部と能登(現.七尾バス)に導入されました。
この2台は北鉄オリジナルと窓形状以外あまり外見が変わってません。
412は金中に移籍したのち、03年には奥能登へ移籍して社番が
変更されました。おそらく現存はしていないはずです。

3台は能登西部735、736でいずれも富来に、
1台は加賀温泉755です。これら3台は横方向幕が妙な処理を
施されています。コスト削減のためなのでしょうか。
これら3台もおそらく現存していないと思われます。
また、前幕まわりが黒塗りではないので違和感があります。


▼西部営時代の412。画像:助ける役 さんご提供。        ▼能登西部736。画像:もりさけてん さんご提供。