87野町・鳴和線




個人的には馴染みのある路線です。
系統はいたって単純に、柳橋〜彦三〜野町駅でしたが、
近年になって同じ営業所の同じ系統を走る車両に異なった幕が
入れられています。。。とはいっても、
現在では全てLED幕化されてしまいましたが。。。

とにかく、幕は昔からこのタイプでした。



こちらの幕は、平成16(2004)年に津幡線との合併(?)
によってなぜか幕も入れ替えられて誕生したものです。
彦三を強調したかったものと思われますが。。。

さて、この野町鳴和線ですが、
誕生に関しては少々の謎が残っています。
昭和62(1987)年11月に野町ジャンクションターミナルが
完成したことに伴い、従来の野町線(35系統:金沢駅〜野町駅)を
廃止し、野町駅〜武蔵が辻〜橋場町〜柳橋の87系統として
誕生しました。
しかし、この系統時代の路線図もなく、時刻表にもお目にかかった
ことがないため、詳しくは分かっていません。。。

昭和63(1988)年には彦三大橋の完成によって、
現在の経路となりますが、この当時の担当はなんと野々市営でした。
野々市担当時代の運用がどうなっていたのかも不明で、
またそれがいつまで続いたのかも、時刻表を読む限りでは判断できません。
おそらく、平成4(1992)年3月に23:06に片町を出る柳橋行き
が誕生した時には既に柳橋営の担当になっていたと思われます。
私の記憶では、87系統も柳橋営と同じ車内放送だったように思いますので、
平成初期には現在のように柳橋の担当になっていたものかと、、、
とにかくはっきりしません(^^;)

本数も30分間隔を維持し、さらには一時期石川線の増便に合わせて、
野町駅〜武蔵が辻の区間便も誕生しています。
しかし、誰の目に見ても乗客の少なさは明らかで、
平成13(2001)年のほくてつバス誕生時には真っ先に移管されています。
それでも本数は減ることはなく、しかも車両も本体担当の柳橋路線よりも
新しい年式のワンステップバスや元周遊号が運用に入っていました。


そして、平成16(2004)年には本数はついに半減しましたが、
それは津幡線がその抜けた穴を埋める形での削減ですので、
利用者的には本数は維持されています。
が、とうとう平成18(2006)年12月改正で、
電車に接続しない便が出てしまいました。
とうとう来たか、、、と思っていると翌07年4月改正では
平日日中の大量間引きがなされてしまいました。
長々と話しましたが、今後も変化が予想される路線です。
ちなみに、現在では画像のようにノンステップバスの運用も見られます。



04年までは全てこの幕でした。
経由地に鳴和を書き加えているあたりが懐かしいですね。



なにも柳橋行きまでこんな幕にしなくても。。。
と思ったものですが、わずか2〜3年でLED化されてしまい、
今更ながら撮影しておくべきだったと悔いているこの頃です。



さきほどは全く触れませんでしたが、
平成10(1998)年3月の改正で、88系統が柳橋止まりになったこと
を受けて、87系統の便が2本に1本今町へと延長されました。
が、この今町行きは津幡線と時間帯が重なることが多く、
利用者も少なく寂しいものでした。
そこにはかつて循環寺町B線として同様に今町まで走らせていた
頃の面影はありませんでした。



幕の表記から見てもお分かりいただける通り、
04年に新調された今町行きの幕です。



上の画像の273の横幕です。
今となっては懐かしいものです。。。
273は06年夏に一番最後まで幕のまま走っていた
グループで、私も通学によく利用していました。



まさに循寺B線時代を思い出させる幕です。
98年の大改正頃に誕生し、夕方に今町からの1本のみ
の運行で、数年とたたないうちに消えた系統です。
香林坊発の柳橋・今町行きは朝夕に数本あったのですが。。。



一時期、石川線の電車増便に合わせて運行されていました。
そのほか、87年にこの路線が誕生した当初にも武蔵が辻〜野町駅
の系統は存在していたようです。



こちらもやはり04年に新調されたものです。
勝手な推測ですが、
野町〜香林坊と柳橋〜香林坊のどちらにでも使えるように、
との考えだったのでしょうか。。。
野町駅〜香林坊という系統は存在しないのですが(^^;)



こちらも同様に04年に新調されています。
武蔵が辻〜野町駅は過去に存在していましたし、
柳橋〜武蔵が辻は百万石祭りのときに使えそうですね(^^;)
(※なぜわざわざ幕を新調したのか実際には謎です。)