83石引線

 通学・通院路線として活躍している83系統です。
本数はおおむね1時間に1本で、朝は完全に通学路線と化し、すさまじいことになっています。
あの小学生たちに誰かがマナーを教えるべきだと思うのですが。。。

 この石引線の前身は、昭和42(1967)2月の市電廃止に際して誕生した
柳橋〜兼六園下〜小立野間の「柳橋線」です。33往復が運行されていました。
昭和50年に系統番号を付けるさいには小立野方面行きは16番、
柳橋行きが84番の番号を与えられました。
昭和55年には全便東金沢発着となっています。おそらくこの5年のあいだに変更されたようです。
路線名も「石引線」となっています。本数は30分に1本で、
朝・昼・夕に数便が東部車庫まで延長されています。
担当は東部営で、柳橋駐在もあったようです。

 現在の系統になったのは昭和56(1981)年で、
それまで金沢駅〜橋場町〜小立野〜平和町の7系統川上線を廃止・統合する形で
7系統石引線:東金沢〜小立野〜平和町 が誕生しました。
小立野から猿丸神社にかけては旧道経由で、幅員が大変狭く、中型ふそうの81年式が投入されました。
この当時はまだ幕は黄色で、中型バスという珍しさもあり、平和町の二水生からは
「黄バス」と呼ばれて親しまれていたそうです。
昭和59(1984)年からは番号は現在の83番に変更されます。
 平成元(1989)年6月には折り返し場所は平和町市立病院となり、通院客にも利用しやすくなりました。
この頃から柳橋発着便も復活し、しだいに主流はこちらになっていきますが当初は3便ほどでした。
 平成7(1995)年9月からは金大附属学校自衛隊前に乗り入れるようになり、
現在では通学路線としての趣が強いです。
現在ですが、
柳橋7:10発は柳橋と神谷内で座席が埋まり、小学生であふれています。
すさまじい事になっていますので、趣味で乗車される際には避けたほうがよいでしょう。


現在では日中にのみ運行される系統です。 幕は昔からこのフォントで、2段表記になっています。
なお、8301系統は平和町〜東金沢、
8302系統は平和町〜柳橋です。


この写真の3日後にこの376号車LED改造されてしまっています。
一昔前までは、下り便で普通に見られた光景でした。


148号車など、一部の車両にのみ入っていました。
おそらく製造時期が最も新しい幕だと思われます。
正式名称はこちらのほうですが、なかなか違和感がありました。


個人的にものすごくお世話になった幕です。
平和町で乗った瞬間、安心からかすぐに眠ってしまい、
柳橋で運転手さんに起こされたこともしばしばありました。
現在「小立野」の経由表記はLEDでは見られず、
「大学病院 橋場町」となっています。こちらのほうが親切ですが、
慣れ親しんだ表記がなくなるというのは個人的にさびしいものです。


平成17(2005)年改正で消滅した金附発兼六園下行きです。
しかし、実はこの幕は朝の今町→辰巳の折り返しの兼六園下行きにも使用されており、
錦町で茶色幕を見ることができました。
ちなみに、写真を撮影した日が493の柳橋で最後の運用の日でした。


平成11(1999)年3月に誕生したモーニングダイレクト便で、今町が始発です。
緑色の幕を出していますが、放送では83番となっています。
この系統は、大学病院を経由しないのが特徴です。


その辰巳ダイレクトの折り返し便です。
兼六園下到着後は、12番北陸大学行きとなっていました。