
40松任線 41千代野線
現在も幹線として活躍している松任線は、登場以来変化が少ない路線
であるため、幕のバリエーションは少ないです。
松任線は昭和18年の北陸鉄道発足時に誕生した路線です。
前身となる運行事業者時代も含めるとさらに歴史はさかのぼれる
ほど古いのですが、ここでは昭和18年誕生とさせていただきます。
運行区間は、金沢駅〜有松〜松任でした。
昭和30(1955)年11月、平行していた鉄道松金線の廃止に
松任線は増便されています。また、松金線松任駅の跡地は
松任バスターミナルとして整備されました。
昭和43年のダイヤ改正と同時に、野々市町内の経路を変更しています。
従来は伏見橋〜押野〜野々市町(現.野々市本町3丁目)〜太平寺でしたが、
現在の国道経由となっております。従来の「野々市町」バス停に対して、
新設のバス停は「新道野々市」を名乗っていました。なお、現在は
西野々市に改称されています。なお、この改正では金沢駅方向の
伏見橋と六枚町は通過扱いになっております。
昭和47(1972)年9月、松任回転場の新設によって路線が延長され
ます。回転場前には「村井団地前」バス停がありましたが、これを
「南松任」と改称、現在にも続く起終点となりました。また、これと
同時に松任線は23便が増便されています。
▲HR時代も数年間だけありました。
千代野線誕生によって、多少本数は減らしますが、松任線は以来
さしたる変化もなく平成を迎えます。なお、昭和50(1975)年
に現在にも続く「40番」が与えられています。
平成5(1993)年ごろ、これまでは野々市営が一貫して担当してい
た松任線の一部が加賀営(寺井)担当となりました。快速小松などの
間合い運用だったのでしょう。平成8(1996)年には南部営誕生
に伴い、同所が全便を担当することになり、しばらくはこの形が
続くことになります。
平成10(1998)年3月改正で、松任市内の経路が変更されて
います。従来の広小路(松任)経由から、現在の松任高校前経由に
変更され、これは41系統も同様でした。
平成16(2004)年4月、利用者減少によるためか北鉄の柱である
松任線もほくてつバス南部支所に移管されました。移管直前は、
中型ノンステップバスなどが運用に入るようになり、嫌でも変化の
予兆のようなものを感じさせられました。。。
またこの頃から、これまで松任方向バスの10分ヘッドが崩れだしています。
平成19(2007)年10月より、松任線の朝夕の一部便が
金城大学まで延長されました。松任の市街地を超えて松任線が
運行されるのは初めてのことで、個人的にはかなり驚きました。
なお、幕は製造されておりませんが、
こちらで勝手に作成してみました。が、違和感ありまくりですね。。。
押野経由は05年4月改正で消えています。
それまでは早朝にのみ存在するという免許維持系統(?)として
存在していたのですが、とくに旧道経由にしていた意味はない
ようです。
なんにせよ、この幕も見納めになっています。
70年代は、こんな幕だったようです。
旧道経由ではないことを示す必要があったものと思われます。
元来の松任行きも平成10(1998)年ごろまでは
存在していたと思います。
幕だけ見たことはあるように思うのですが…
かつてはどの路線も番号入りの幕を使用していました。
松任線もまたそうでしたが、98〜99年にかけて幕の
共通化が進められ、現在では見ることはできなくなっています。
現在の幕です。41系統と共通です…
…が、幕での運用は06年秋をもって消滅しております。
平成3(1991)年までは40系統にも快速が存在していた
ようです。写真から分かるように、ワンロマ車が使用されていた
ものと思われます。
松任、三日市、太平寺、野々市中央、二万堂、有松、泉1丁目、
広小路、(各停)、金沢駅
が停車停留所で、松任始発で7:20と7:40の2本がありました。
画像:助ける役 さんご提供。
もはや千代野線の幕を見ることはできなくなりました。
ここに掲載されている画像はさらに1世代前の幕です。
まだ千代野線が野々市営担当の頃です。
堂々としたフォントが大変なつかしいですね。
当時はまだ上りも41番を掲げており、松任線と幕は異なっていました。
この41番ですが、
90年初頭はまだブルドッグも健在で、
寺井営の小松線もなぜか「41有松 金沢駅」を表示していました。
H−199さんより画像をいただきました。ありがとうございます。
こちらはローマ字ありの幕で、
06年の夏ごろまでは南部のほぼ全ての車両に幕が入っていましたが、
現在では幕を掲げた41番の運用を目にすることはできません。
現存するのはおそらく本体南部と南部白山バス委託の車両のみだと思われます。
今ではHTワンステなどもいるので違和感はありませんが、
当時は日野車で41系統、というのはかなり違和感があったのを覚えています。
さて、その千代野線ですが、路線の誕生は昭和53(1978)年です。
当時は松任〜千代野ニュータウン(現.千代野東1丁目)間の運行で、
本数も60〜90分に1本でした。
昭和55年10月には1往復を金沢駅まで延長し、以降年々本数は増加していきます。
昭和57年10月には現在の千代野ニュータウンバス停まで路線が延伸され、
さらに平成2年1月から、空港線車両を用いた朝の特急便がスタートします。
これがたいへん好評で、現在でも続いています。
千代野線はさらに発展を続け、平成4年2月には新バスシステムが千代野にも拡大されます。
路線も、平成6年10月にはCCZ温泉まで延長され、ほぼ現在の形になります。
現在では本数も松任線と同じほどになり、利用者もかなり多い路線となっています。
担当は野々市→南部営の時代が続いていましたが、
平成16年4月にはほくてつバス南部支所に移管され、現在に至ります。