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平成10(1998)年3月ダイヤ改正




歯止めのかからない乗客減少を食い止めるため、この年の
改正はこれまでにない抜本的なものとなりました。路線の
連結、プチバスの運行開始、1停留所2箇所停車の本格実
施など、画期的な改正となっています。        



1.路線の連結

これまで、金沢市内を走る路線はどれもが郊外と香林坊・兼六園下
や金沢駅を結ぶものでした。そのため、例えば金石から四十万へ
行く場合には武蔵が辻や香林坊での乗り換えが必要だったほか、
長田町から有松といった市内同士でも乗り換えを強いられていました。

そこで、2路線を1路線に連結することで、乗換えをせずに乗車できる
区間が大幅に拡大しました。これによって、長田町から有松などの地帯
制区間内では従来の約半分の運賃で行けるようになりました。
また、市内中心部の過剰輸送力を削減することにも貢献しています。


▲金石で青幕が見れるようになるとは誰が想像したでしょうか。


しかし、これにより従来は香林坊や武蔵が辻が始発だったため、定時
に発車することができていましたが、連結により遅延が目立つように
なった区間もあり、デメリットもあります。とはいえ、これまでは
金沢駅と柳橋行きくらいしかなかった片町ラブロ前から金石行きに
乗れるようになったことは大変好評でした。

この連結路線の実施の前年には試行として53西金沢線が旭町まで
延長されており(91旭町線との結合?)、これが好評だったことが
背景にあるようで、四十万金石線のほか、錦町線と問屋団地線を連結し
さらに金沢駅西口経由に変更して錦町粟崎線が誕生しました。

さらに、循環寺町線のうち、柳橋発武蔵ヶ辻先回り系統の始発地に木越住宅と
大浦保育園前を加えて84・85系統の肩代わりをしました。路線番号は80
番となっていました。結合したのが同じ80番台という例は今のところ唯一です。
逆に、柳橋発兼六園下先回りの系統の復路は柳橋行きに加えて木越住宅と
大浦保育園前行きが誕生しました。こちらは84・85番となっていました。
しかし、これで柳橋方面の過剰な輸送力の削減はできましたが、これまで
以上に定時運行が困難となったので、翌年には循環運転を終了することと
なります。


2.プチバス運行開始


小型バスの歴史も繰り返すようで、15年ほど前に拡大しすぎて失敗した
事例をここでもまた繰り返すことになるのですが…
ただ、第一弾のこの元町有松線は成功だったと言えます。
小型バスでありながら定員40人、前中扉を備える日野リエッセが初めて
北鉄に導入されました。この小型バスに対してはかなり気合が入っていた
ようで、社内で愛称まで考えられています。「Petit」(プチ)という愛称
は、フランス語で「小さい」という意味だそうです。なお、うさぎのデザ
インも社内で考案されたものだそうです。


▲プチバス全ての前面、後面にステッカーが貼られています。

記念すべき初のプチバス投入路線は、経路も大幅に見直されました。
元町有松線は、朝夕は従来の市営陸上競技場行きのままですが、
昼間時間帯は鳴和から城北体育館前を経由するものとなり、さらに
武蔵ヶ辻から先は十間町・大手町・尾山町の細い路地へと入っていく
という驚きの経路でした。

新聞広告も出して珍しくPRを頑張っていたように思えますが、
やはり浸透には時間がかかりました。
南町を通らない香林坊行きはまず当時の常識では考えられないこと
で、武蔵を出てすぐに左折するとビックリする人が多かったように
思います。しかし、このプチバスはその可愛らしさから人々の注目
を集め、次第に浸透していきました。ダイヤが40分間隔と覚えや
すかったことも一つの要因かもしれませんね。


▲10年ちかく89系統の顔でしたが、07年に金沢を離れました。

また、北鉄では初めて車内での傘の貸し出しサービスも行われ、
雨の多い金沢では大変好評で、現在は他の車両でも行われています。


3.モーニングダイレクト路線拡大


▲新設された松任中奥線は学生に強い人気があります。


連結路線のはしりとも言えそうなモーニングダイレクトは
好評で、毎年拡大がなされています。朝の通学に乗り換えなし
かつ中心部を通らないものもあり、所要時間短縮にも役立っています。

《新設系統》
光 が 丘 →寺町1丁目→金沢学院大学
四 十 万  →寺町1丁目→金沢東高校
四 十 万  →寺町1丁目→辰巳丘高校
南部車庫  → 彦  三  →鳴  和
医科大病院→ 彦  三  →鳴  和
金  石   → 彦  三  →鳴  和
 
《新設路線》
松任中奥線:千代野ニュータウン〜明倫高校〜工大前〜錦丘高校〜
      〜泉丘高校〜二水高校〜幸町〜香林坊


鳴和行き、というのが中途半端な感じがしますが、
おそらく免許かあるいは星稜高校での回転場の確保の関係
で鳴和止まりだったと思われ、翌年には星稜高校まで延長
ています。


4.系統の変更


▼新たに西金沢線に96番が誕生しました。

普段のダイヤ改正といえば系統の変更くらいしかないものですが、
この年はこれがささいなことに見えるくらい多くの改正がなされて
いるということなのでしょう。 図の赤線部分が新設区間です。
なお、青線部分は廃止・休止区間です。

上荒屋線、西金沢線はそれぞれ路線の延長を果たしています。
96番が新設されましたが、これは路線の結合では正式にはないため、
「延長」という形でここでは扱わせていただきます。
今では見慣れた茶色の50番という珍幕が誕生したのもこの時です。

また、88系統が柳橋までに短縮されて東山線に名称変更したため、
87系統が代替として今町まで延長されました。片町から森本方面が
便利になってかなり嬉しかったものです。

▼一般路線車の小松空港行き。違和感がありました。


小松線が消え、金沢寺井線に名前が変わり、そのかわりに数本が
小松空港まで足を伸ばすようになりました。なお、寺井役場と
終点の小松空港間はノンストップだったそうです。

この不思議な系統は一日2往復ほどの運行だったそうで、
金沢駅からの運賃は1000円。これは、高速道路経由の
特急バスから座席料金を引いた金額なのでしょう。
私は乗ったことはないのですが、
所要時間は65分で、使用車両は050、054、259など
4桁の運賃表を持つ車両が走っていました。

また誤乗防止のために「野々市・松任経由」のプラ板を装備し、
車内放送でも「有松、野々市、松任、寺井役場前経由…」と
言っていたそうです。(情報ご提供:TOMさん。)




上記2路線はいずれも所要時間短縮のための変更です。
15系統の成巽閣経由は調べてみるまで私も知りませんでした。
すくなくとも翌年には戻されています。

津幡線の彦三経由は今でこそ定着しましたが、
当時は反発が大きく、6月には橋場町経由に戻されています。
また、高松線が短縮され、金沢市内まで走るのは津幡線のみと
なってしまったのもこの改正です。



錦町粟崎線の誕生、金沢駅バスターミナル再編(後述)によって、
70番台の路線は全て西口・北安江経由となりました。
そのため、七ツ屋住民を救済する代わりに西部車庫への出入庫
系統として74系統が新設されました。といっても、従来の
70問屋団地線と全く同じ経路で、幕の経由地表記が「七ツ屋」
となっていたくらいは目新しいものはありませんでした。


その他の変更はこちら。。。
鳥越線:兼六園下発着から金沢駅発着に変更。
辰口線:武蔵ヶ辻発着から金沢駅発着に変更。
金石方面各路線:香林坊発着から兼六園下発着に変更。
宇出津真脇特急:縄文真脇温泉口行きを「のと海洋ふれあいセンター」まで延長。


5.バス停の再編


武蔵ヶ辻・香林坊ではバス停の再編が行われました。
これまで、武蔵ヶ辻では有松方面へ向かうには丸年前(光が丘・工大方面行き)
とさくら銀行前(松任方面行き)に乗り場が分かれており、不便でした。
…まぁ、本数が多かったのでそれほど不便はなかったように記憶して
いますが、この改正で方面別に再編され便利になりました。
これまで乗り場を分けていたのはおそらく「市内線」か「郊外線」という
基準だったのでしょう。乗客が多かった時代は郊外線に泉や有松までの
客を乗せずに、定時運行確保に努めていたものと推測されます。

香林坊では、これまでの余剰な武蔵ヶ辻行き、柳橋方面行きが大幅に減った
ため、日銀前に停車できる本数の空き容量を利用して上諸江方面・金石方面
の路線を日銀前停車に変更しました。そうでなければ、これまで日銀前に
停まっていたバス(例.東部車庫発粟崎行き)がダイヤ改正によって、勧銀前
停車に変更されることになるわけですから、利用者としてはたまったもの
ではありませんから当然といえば当然なのですが、
香林坊から粟崎行きを利用している人にしてみれば日銀前から乗車できるよう
になったわけで、乗客から歓迎されました。



ダイヤ改正にあわせて、金沢駅東口バスターミナルが仮設乗り場に移動しました。
これは、現在のタクシー乗り場にあたる場所です。


▲西口に錦町方面各線が発着するようになりました。

従来東口から発着していた錦町方面各線は全て西口発着に変更され、
西口から発着していた旭町・鈴見方面各線は全て東口に変更されました。
また、これまでは粟崎方面は東口が主流ですが、新設の74系統を除き
全て西口経由となりました。これは、錦町粟崎線が上下で乗り場が異なる
のを防ぐのにも貢献しているといえます。



さきに挙げたように、乗り場を集約するとこれまでのバス停を利用していた
人は不便になります。そこで、1停留所2箇所停車を実施しました。既に
97年12月から橋場町や伏見橋、武蔵ヶ辻の一部で実施されていましたが、
今改正でさらに南町から武蔵ヶ辻を経て六枚町へ向かう路線は、スカイプラザ前
と名鉄丸越前の2箇所に停車するようになりました。

これは、例えば四十万発金石行きはこれまでスカイプラザ前で降りることが
できたのに、交差点を左折してからの停車では不便がかかることから、という
ことが背景にあるのではないでしょうか。


6.終バスの繰り下げ

多様化する需要にあわせて、90年代はじめから終バス時刻の繰り下げが
各路線で行われてきましたが、今回は片町を中心に改正がなされています。

金石行きは30分繰り下げられ、しかも始発がこれまでの香林坊から
片町に変更されました。
花里線東武車庫行きも30分繰り下げられ、香林坊アトリオ前→片町金劇→
→(桜橋)→幸町→ という独特の経路で運行されることとなりましたが、
翌年には終バスも通常どおり本多町経由となっています。
野町駅行きは、野町発の終電に接続する便が87系統に誕生しています。


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参考文献:ほくてつ各号 北鉄時刻表 北國新聞各号